伊藤拓郎の現在は?プロ引退?帝京時代の動画や大谷翔平VS伊藤拓郎の動画あり!

消えた天才
スポンサーリンク

今日の消えた天才は大谷翔平特集です。

 

特に注目されているのが高校1年生の時に最高速である148㎞を記録し、将来を期待されていた伊藤拓郎投手です。

 

伊藤拓郎投手はスカウトからも好評で1年生でもプロ野球に来て欲しいと思われるぐらい超逸材だったのですがどうしてプロ野球を引退してしまったのでしょうか?

 

そして現在でもなぜ野球を続けて頑張っているのか気になります。

 

そこで今回は伊藤拓郎の現在やプロ野球引退してでも野球にこだわり続ける理由について調べていきます。

スポンサーリンク

伊藤拓郎のプロフィール

 

 

こちらが伊藤拓郎のプロフィールになります。

 

名前:伊藤拓郎

生年月日:1993年4月2日

年齢:25歳

身長:185㎝

体重:90㎏

利き腕:右投右打

ポジション:ピッチャー

 

となっています。

 

伊藤拓郎は小学2年生の頃から野球を始めて中学生時代はリトルリーグに属する東練馬リトルシニアに所属し、トップ選手として活躍していました。

 

そして高校1年生の時には中田翔選手が持っていた急速記録147㎞/hを上回る新記録である148㎞/hを出して夏の甲子園大会でもベンチ入りしています。

スポンサーリンク

伊藤拓郎が帝京高校で大活躍した動画や成績は?

 

そして高校3年生の夏の大会で東京予選ではノーヒットノーランを達成してその勢いで甲子園出場を果たし、1回戦目では大谷翔平投手がいた花巻東高校と対戦して勝利します。

 

そんな伊藤拓郎さんが投げている動画が見つかりました。

 

 

 

高校生とは思えない球速を出していますよね。

 

そしてなんと伊藤拓郎と大谷翔平の対決の動画もありました!

 

 

動画をご覧になれば分かりますようにバッターが伊藤拓郎さんのボールについていくのがやっとですね。

 

このままプロ野球に行けば大谷選手を超えるピッチャーにもなっていたかもしれませんが伊藤拓郎さんは148㎞を超えるストレートにこだわり続け、イップスになってしまい、フォームを崩して肘を壊し、どんどん精神的にも肉体的にも不調になっていってしまったんですね。

 

そして高校卒業後はドラフト9位で横浜ベースターズに入団し、契約金は1000万円、年俸450万円でプロ野球の道を歩み始めます。

 

伊藤拓郎がプロ野球で活躍できなかった理由は?

 

ではそんな伊藤拓郎投手はどうして3年で結果を残すことなく戦力外通行になってしまったのでしょうか?

 

伊藤拓郎投手がプロ野球に入ったころには140キロ、130キロと段々と球速が落ちていってしまったそうです。

 

その理由というのはメンタルメント身体の不調だそうです。

 

こちらのインタビュー記事に書いてありました。

 

高校1年の夏、伊藤は確かに甲子園のスターだった。各球団のスカウトからは「今大会ナンバーワン投手」「現時点でもドラフト1位」と最上級の評価。甲子園の舞台で1年生投手が投げた148キロは、それほどまでに衝撃的だった。そして、その「148キロ」がその後伊藤を苦しめる。

「取材で球速のことを聞かれることが増えて、自然と自分でも“もっと速い球を投げたい”と思うようになりました」

 球速を追い求めるあまり、2年春に右ヒジを故障。そこからはフォームを崩し、徐々にパフォーマンスを落としていった。当時指導を受けていたコーチが帝京を離れたことも遠因となり、フォームが固まらないまま最後の夏を迎えた。

東スポウェブから引用

 

伊藤拓郎は打ち取ること、チームが勝利を勝つことに優先するのではなくて1年生でだした球速148㎞を出すのを優先し、フォームが崩れて肘を故障し、当時の球速の面影が亡くなってしまったそうなんですね。

 

そしてプロ引退段階では球速130キロ前半まで落ちてしまい、戦力外通告となってしまったそうです。

 

高校1年生が全盛期とは誰しもが思いたくないはずです。

 

それを超えるためにどれだけ苦しみ、野球をしてきたのかという事を考えると本当に辛い人生をおくってきたかもしれませんね。

 

つまり伊藤拓郎投手が戦力外通告になった理由をまとめると

 

・高校1年生の全盛期でだした148㎞/hにこだわり過ぎて精神的不調
・投球フォームが崩れてしまい、自分の投球が出来ない
肘を故障して最終的には130キロ台しか出すことが出来なかった。

 

という事だったんですね。

 

伊藤拓郎の現在は?新日鐵住金鹿島硬式野球部でプレーする理由は?

 

プロ引退後は独立リーグである群馬ダイヤモンドペガサスに所属したものの、投球方法が分からない程、イップスになっていたそうです。

 

ですがオーストラリアの留学でプレッシャーから解放されて140キロ台まで球速が戻り、現在では新日鐵住金鹿島硬式野球部に所属し社会人で野球を続けています。

 

 

まとめ

 

いかがでしたでしょうか?

 

そんな伊藤拓郎さんの話が今夜の消えた天才で全てが分かります。

 

高校1年時からの活躍から現在に至るまでのエピソードなどやプロ入り後活躍できずに今でも野球を続けている理由が気になりますね。

 

あなたにおすすめの記事はこちらです。

ダビド・ビジャ(ヴィッセル神戸)のプレースタイルや年俸は?赤字のヴィッセル神戸の資金はどこから湧いてる?【動画あり】

スポンサーリンク
消えた天才
スポンサーリンク
噂と裏情報の極み

コメント